笑楽日塾の事件簿blog

笑楽日塾の事件簿

就労からリタイアした、又はリタイア間近な男性に読んでいただき、リタイア後も家にこもりきりにならないで社会と繋がりを持つための参考にしていただけたら嬉しく思います。

オンライン公開講座

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(8/8)

兄頼朝が最も危険視した左衛門尉(さえもんのじょう)・検非違使(けびいし)にも叙され、さらには、内昇殿(うちのしょうでん)も許される義経を最後には頼朝が抹殺せざるを得ないところまできてしまったのであります。

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(7/8)

水上の戦いは漕ぎ手や水子は殺めないのですが、義経これを無視し、最初に水子・漕ぎ手を殺め船の動きを止めてしまうのです。地上戦に似た戦いに持ち込み、開戦からわずかな午の刻(正午)には、平家の武将を悉く蹴散らしてしまうのです。

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(6/8)

鞍馬の山へ入った遮那王、ここで初めて父の仇が清盛であると知り愕然とする。遮那王、剃髪せず鞍馬の山を駆け巡り剣術の修行に励んでいたという。伝説で天狗から剣の極意を伝授され、都の五条の橋で刀狩りの猛威を奮っていた「武蔵坊弁慶」と

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(5/8)

『伊豆の国の流人、前の右兵衛佐頼朝が首をついに見ざるつるこそやすからね。吾に万一のことあらば、後には堂塔を建て、孝養をもなすべからず。我が塚(墓)の前に頼朝の首を晒し、それぞ孝養にあらんずる。』(平家物語 巻六)

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(4/8)

頼朝も執拗な大庭軍の追求を逃れ、小人数で土肥実平の巧みな案内で逃げ回り、湯河原の「しとどの窟(いわや)」で疲れを休めることとした。そこに大庭軍の「梶原景時」が現れるが、わざと見逃していくのです。

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(3/8)

平宗清に捕縛され、清盛の前に引き出された「頼朝」。死刑が当然の頼朝に、清盛の継母・池禅尼が清盛へ助命の嘆願を申し出て断食を始め、これには清盛も折れ、頼朝は罪一等を減ぜられ「伊豆の蛭(ひる)が小島」への流罪が決定されたのです。

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(2/8)

西の方に「煙」が立ちのぼって いた。家臣に義経は「あの煙は何じゃ?」と問えば、「藁(わら)を燃やしているのです」と答えた。義経は「オー藁火(わらひ)か」とつぶやいた。この情景が「藁火」伝説の素になったのではないかと推考する

頼朝と義経 ―その栄光と確執―(1/8)

皆様に支えられて20の講座を修了することが出来ました。この講座を蕨ケーブルビジョンがWinkの番組で放送して下さり、多くの視聴者からご声援を頂きました。また、いつの日か皆様とお会い出来る事を願って、オンライン講座最終回の挨拶とします。

SDGs過去の記事

SDGsという言葉を聞いたことがある人が76%に達し、そのうち60%の人が関心を持っていることが、朝日新聞社が行った認知度調査で明らかになった。今回で8回目となるが、前回(20年)の46%から30ポイントも増えた。

加速する温暖化(5/5)

日本は山間部が多く降雨量も多いので、この水を使った水力発電が有望だといわれています。しかし、規模が大きい分お金もかかってしまいます。そこで現在は「下水でもできる発電」が浮上しています。写真のようにU字溝に取り付ける小さな発電も

加速する温暖化(4/5)

化石燃料を使って発電をしたり、車を走らせて豊な生活を享受し、その結果人口爆発が起きる。そしてプラスチックごみが増加しててCO2も増える。CO2が増えると気温が上昇して北極や南極の氷が解け、空気中の水蒸気が増加し熱帯雨林が消滅してし

加速する温暖化(3/5)

プラスチックごみ自体を減らそうという動きが大変重要になります。石油から製造されるプラスチックは1960年には200万トンしかなかったのに、2015年には83億トンに増えています。このプラスチックのリサイクルは9%しかできていません。

加速する温暖化(2/5)

永久凍土には前の時代に生えていた植物が氷の中に閉じ込められ、その植物が水分と圧力によって腐敗して発生したメタンガスも一緒に閉じ込められています。永久凍土が解けてしまったため「モリウイルス」という新種のウイルスが発見されて

加速する温暖化(1/5)

地球は10万年毎に氷河期と間氷期が定期的に繰り返されていることが分かります。氷河期や間氷期があることによって海水の量が増減するため、海面の高さが上下します。この現象は地球のサイクルとして太古の時代から延々と繰り返されているの

手漉き和紙の里探訪記(6/6)

私が子供の頃には紙を使ったいろいろな製品が生活の中に沢山あって、和傘を差して学校に通ったものです。お聞きしたいことは、町会のお祭りなどに使う提灯に貼る紙もやはり和紙なのでしょうか。

手漉き和紙の里探訪記(5/6)

この綺麗な絵は「美濃和紙の里」美濃市で行われている「美濃和紙あかりアート展」で、この行灯には全て美濃和紙が使われています。

手漉き和紙の里探訪記(4/6)

信州の安曇野は天蚕の盛んな地で、桑の皮で漉いた逸品「有明和紙」があります。㉕は安曇野の天蚕を説明したもので、野放しになっている蚕が食べている木の皮を使って漉いたのが安曇野の有明和紙です。

手漉き和紙の里探訪記(3/6)

紙里を巡るうちに危機的な状況を目の当たりにすることになり、自称「手漉き和紙の応援団」になりました。気が付くと2年半かけて全国の紙里を訪ね回り、約300か所、8万1千㎞の旅で、一緒に旅した相棒のクラウンを1台乗り潰しました。

手漉き和紙の里探訪記(2/6)

手漉き和紙のことをもっと知りたいと思ったきっかけは、二枚の古地図との出会いでした。漉かれてから200年以上も経つのに、腐敗や虫食いなどが見当たらないのに驚き、紙の里を巡り始めるきっかけとなった古地図の一枚に「行基菩薩説大日本國圖」があります。

手漉き和紙の里探訪記(1/6)

国土交通省国土地理院が出している「地図中心」という月刊誌で、特集「和紙を漉く里」の中に拙著「和紙の里探訪記」が紹介されました。北海道から沖縄まで私が訪ねた全国277ヶ所を綺麗に地図上②に落とし込んでくれました。

新幹線電車発祥の地はどこですか(6/6)

経産省から頼まれてベトナムのコンテナ輸送計画、国交省・JICAから依頼されて「富士」と「はやぶさ」のブルートレインをマレーシアで復活させるプロジェクトを任され、JICAの依頼でカイロ地下鉄を手伝うなど日本車両退職後活躍の場が広がりました。

新幹線電車発祥の地はどこですか(5/6)

新幹線電車発祥の地記念碑は、2019年10月14日 鉄道記念日に除幕されました。場所は蕨工場の跡地で、芝園団地の中です。バス通りに面しています。除幕式には蕨駅長、芝園団地役員、UR都市再生機構、日本車輌OBなど99名が参加されました。

新幹線電車発祥の地はどこですか(4/6)

心温まるエピソードがあります。国鉄職員は、東海道新幹線開業の晴れの舞台に立てなかった十河さんの無念を晴らすべく、東京駅19番線に十河さんのレリーフを設置したのです。それは昭和48年・1973年鉄道100年の記念すべき年のことでした。

新幹線電車発祥の地はどこですか(3/6)

新幹線電車の試作車は、先に2号車が蕨工場で完成し、汽車会社から1号車を蕨工場へ運んで連結しました。昭和37年4月25日、十河総裁ら国鉄幹部を迎えて構内走行試験が行なわれ、新聞は初めて姿を現した新幹線電車を大々的に報道したのです。

新幹線電車発祥の地はどこですか(2/6)

蕨は埼玉県で熊谷に次いで2番目に大きな空襲・爆撃を受けました。 しかし、米軍の飛行機からもよく見えるはずの、大きな蕨工場は一度も被害に遭いませんでした。それは何故でしょうか。 そこに米軍の捕虜がいたからです。

新幹線電車発祥の地はどこですか(1/6)

笑楽日塾塾長荒井貞夫が、57年前にいきなり時速210㎞を実現して世界をアッと言わせた夢の超特急開発の隠れたエピソードを紹介してくださいました。「新幹線電車の設計、開発、試作に係わられ、日本の近代化に大車輪の活躍をされた鉄道マンのお話です。

日本人だから知っておきたい箸のマナー(4/4)

「お愛想おあいそ」というのは「愛想が無くて申し訳ありません」というお店の人が使う言葉で、お寿司屋さんに行って「お会計お願いします」というと、お寿司を握っている店の職人さんがレジ担当の方に「お愛想だよ」というのが正解です。

日本人だから知っておきたい箸のマナー(3/4)

国によって箸の素材や形に違いがあります。一般的に日本の箸は木製で先が尖っているものが多くあります。魚を食べるケースが多い日本人は骨付の魚を食べやすくするために先の尖った箸を使っています。

日本人だから知っておきたい箸のマナー(2/4)

三大食事方法は考えていた以上に均等されており、箸を使って食べる人は世界の中でも意外と多いということが分かりました。箸は日本の文化というイメージがあったので1/3もおられたことは大変意外でした。

日本人だから知っておきたい箸のマナー(1/4)

私はこのような堅い仕事をしていますが、自分の趣味は料理です。料理することが好き過ぎて暇さえあれば料理を作っています。自慢ではないのですが、本題の箸の前に少し自分で作った料理の紹介をさせていただきます。

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