笑楽日塾の事件簿blog

笑楽日塾の事件簿

就労からリタイアした、又はリタイア間近な男性に読んでいただき、リタイア後も家にこもりきりにならないで社会と繋がりを持つための参考にしていただけたら嬉しく思います。

会報誌「笑楽日塾だより⑥秋祭り・御神輿の記憶」

私事で暫くの間ブログ書きから遠ざかってしまいましたが、少し落ち着いてきましたので様子を見ながら再開したいと思います。皆様にはご都合の良い時にでもお付き合いいただくと嬉しいです。

私の都合には関係なく笑楽日塾は毎月活動しており、会報紙「笑楽日塾だより」は毎月末に発行しています。2023年10月31日発行分には荒井貞夫塾長が「秋祭り・御神輿の記憶」と題し、子供時代に田舎で楽しんだ記憶や、10月7日・8日の2日間に久しぶり行われた秋祭のことを書かれています。以下に紹介しますのでご覧ください。

子供の頃、私が住んでいた田舎の村では、大きなイベントは5月に雷電神社例大祭、8月に盆踊り、11月に御神輿があった。楽しみの少なかった子供時代はこの三つが大きな印象として残っている。中でも御神輿は地元の小さな八幡神社に納められていて、その日だけ神輿蔵から出されて、担ぎ棒を麻縄で締めて、飾り物を着けて完成。

神輿は集落を回る。神輿が来る合図は直径2尺の鐘(黄銅製)を太い竹竿につるして、それを二人で前後に担いで、鐘を石で叩きながら走ってくる。その鐘の音が、神輿がやってくる合図。神輿は集落毎に有力者の大きな家の広い庭に担ぎ込まれて休息し、接待を受ける。

基本は今も同じだ。

ピーヒャラ♫ピーヒャラと篠笛が鳴り、ドンドンカッカ ドンカッカ♪と祭太鼓が響き、わっしょい!わっしょい!と威勢良く御神輿が練り歩く。

世の中はウクライナ対ロシア、イスラエルハマスパレスチナ)などの悲しいニュースやネットでは心ない言葉が飛び交ってうんざりしている。

それでもそこから一番遠い反対側にあるのがこの秋祭りだ。電波もスマホも要らない顔の見える人間関係はホントにいいもんだと思う。

祭の前日: 10月6日に笑楽日塾塾生の1人が神輿の会場となる広場にテントを設置する作業の手伝いに参加した。

祭の初日:7日には別の塾生が神酒所の設営を手伝い、10時に和楽備神社の神主が来て、神酒所でお祓いをし、御神輿へ御霊入れを行った。

お祓いが済んだミニサイズの「子供神輿・山車」が自宅マンションまでやってきた。祭のはっぴ姿のおじいちゃんやアニキに先導されながら「ワッショイ! ワッショイ!」と子ども達の声が響き渡る。なんてかけがえのない時間なんだろう。

子供神輿・山車が立ち上がるときはマンションを代表して塾生の1人が拍子木を「シャシャシャン シャ シャシャン シャン」と打って癸を入れた。

子供の時に体験した小さな御神輿の手触りと、かわいい「ワッショイ! ワッショイ!」が、大人になって大きく重たい御神輿を担いで威勢の良い「わっしょい!わっしょい!」に繋がっていくだろう。

年に2日の秋祭りは夢のような時間と体験が詰まっていて、このささやかな喜び体験を重ねていくことがキット豊かな人生になっていくのだと思う。

祭の2日目:8日には大人神輿がマンションへやってきて、みんなで担ぎ手の人たちを接待した。

神輿は7分休息後、マンション理事長が拍子木を「シャシャシャン シャシャシャン シャン」と打って癸を入れて立ち上がっていった。。

その夜には、マンションの人たち親子40人で打ち上げのパーティをやって大いに飲んで騒いで祭の締めをした。

子供の頃を思い出し、5年ぶりに復活した秋の祭を手伝って、「お祭りは、伝統文化を引き継ぎ地域の交流を広げ、きずなを深め、街を元気にするとともに、子ども達がふるさと蕨を実感することができる、素晴らしい伝統行事だ」と言う事を実感した。

以上が「笑楽日塾だより10月号」に載った塾長荒井貞夫の「秋祭り・御神輿の記憶」でした。お祭りは子供の時はもちろん大人になってからも楽しいですね。

 

なお、笑楽日塾の活動は下記ホームページに記載されていますのでご参照ください。


本ブログの内容は、著者の個人的見解も多く含まれており、著者の所属する笑楽日塾の意見、方針を100%示すものではありません。

 

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