笑楽日塾の事件簿blog

笑楽日塾の事件簿

就労からリタイアした、又はリタイア間近な男性に読んでいただき、リタイア後も家にこもりきりにならないで社会と繋がりを持つための参考にしていただけたら嬉しく思います。

蕨の機まつり(機まつりの由来)

蕨の夏の風物詩「わらび機まつり(はたまつり)」が開催されましたのでご紹介します。祭りの開催場所は二カ所。一カ所は8月7日に蕨駅の東口にある塚越3丁目の塚越稲荷神社境内内社「関東宮機神社」。神職による御祈祷やお祓い、地域の要職に就かれている方々による玉串のお供えです。もう一カ所は8月4日から7日まで蕨駅西口ロータリーから商店街を旧中山道蕨宿へと続く約1㎞。七夕飾りや出店などが沢山並ぶ他、様々なイベントが開催され、大いに盛り上がりました。

蕨市は1889年(明治22年)に蕨宿と塚越村が合併して蕨町が誕生し、1959年(昭和34年)に市制を施行して今日に至っています。全国の市の中では面積が一番小さく人口密度も一番高い市です。江戸時代には宿場町として発展し、江戸時代の終わりから昭和の中頃までは綿織物業が盛んな町として繁栄したため、財政は豊かで大きな町になる必要がなかったようです。

機神社で行われる機まつりの由来(なぜ蕨で織物業が盛んになったのか)。

塚越村に高橋家の四代目で新五郎(1766年~1816年)という木綿商を営む商人がいました。新五郎の子供で高橋家五代目の国太郎(1791年~1857年)は父親から継いだ木綿商を営み、やがて二代目新五郎を名のるようになった。

1826年(文政9年)旧暦の7月7日(新暦の8月7日)の夜、二代目新五郎が眠っていると夢の中に神様(関東大権現=徳川家康)があらわれて『高機渡世を営むべし(機織りをしなさい)』とのお告げがあり、新五郎はお告げに従って織物業を始めたと伝えられています。(高橋家では代々関東大権現を信仰しており敷地内にお祀りしていました。また、高機(たかばた)とは織物を織る機織機のこと)。

これまでは農家が個々に綿を植えて収穫した後に自宅で綿織物を織っていましたが、二代目新五郎は自宅の敷地内に大きな織物工場を作り、10年後の1837年(天保8年)には100台以上もの織機を備える機織り工場を構え、蕨に綿織物業の基礎を築き一大産業にしました。

100台以上の高機は家族だけでは動かせないため近隣の住民を雇い、人々に働き口を与えて労働の対価として給料も支払われるようになり、農業以外の収入源を地域の人々にもたらした。

二代目新五郎によって考案された靑縞(あおじま)と呼ばれる織物は江戸で大評判になり、この技術を引き継いだ三代目新五郎(高橋家としては六代目)が蕨の特産となる二タ子織(後に双子織に進化)を開発。蕨は昭和30年代まで綿織物の一大生産地として栄えることとなったのです。

蕨の織物は大量生産をしたことにより安価な商品を作ることができ、庶民の着物として愛用されました。また、綿織物は絹織物より丈夫であったことから、商人が前掛等の仕事着としても使われるようになった。

高橋家の織物業が成功した理由の一つには、蕨が消費地の江戸に近かったという立地条件があったことと、時代を先取りした生産体系によるところが大きく、大量に生産された丈夫で質の良い織物をより安く江戸で販売することができたことがあります。

また高橋家の成功を目の当たりにした近隣の裕福な人達が高橋家から織物業を習って始めるようになり、さらに近隣農家の副業としての収入源を広げた。

塚越村の髙橋家が1708年(宝永5年)に関東大権現徳川家康公を自所に勧請し、塚越稲荷神社境内内社「関東宮」に祀ったことをはじまりとし、蕨機業の始祖である二代目新五郎はその死後に功績を称えられ、妻のいせと共に「関東宮機神社」に機祖神として併祀された。

機神社で行われる機まつりの由来は、二代目新五郎が関東大権現の霊夢を見たと伝えられる七夕の日に織物業を営む人々が機神様をお参りし、商売の繁栄を祈願するようになったことが起源と言われ、明治から今日まで続いています。

今回は蕨の機業の由来から機神社で行われた神事「機まつり」をご紹介しましたが、次回は商店街の七夕装飾やイベントを紹介します。

ここからは二十四節気と七十二候です。

8月8日から8月22日の間は二十四節季の一つで「立秋」。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。立秋から立冬(11月8日)の前日までが秋となる。季節の挨拶も暑中見舞いから残暑見舞いに替わり、期間は白露(9月8日)の前日まで。盆踊り、送り火、灯籠流しなどに家族が集まり、先祖と命を思う。

七十二候も8月13日から8月17日の間は「寒蝉鳴(かんせん なく)蜩(ひぐらし)が鳴き始める」。ひぐらしは早朝や夕方に鳴くことが多く、鳴き声は行く夏を惜しんでいるかのよう。8月18日から8月22日の間は「蒙霧升降(もうむ しょうごう)深い霧が立ち込める」。朝や夕暮のひんやりとした立ちこめる霧(春は霞、秋は霧)により、空気も涼しくなり夏の終わりを感じる。早朝の森や水辺では白く深い霧がたちこめ幻想的な風景は視界が遮られるほど。前日に雨が降り空気が湿り気を含んでいるときに多く発生する。

 

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