笑楽日塾の事件簿blog

笑楽日塾の事件簿

就労からリタイアした、又はリタイア間近な男性に読んでいただき、リタイア後も家にこもりきりにならないで社会と繋がりを持つための参考にしていただけたら嬉しく思います。

蕨と県南の土地の成り立ちや災害について

笑楽日塾では毎月「笑楽日塾だより」を発行しています。今回は2020年1月号に載った塾生講座「蕨と県南の土地の成り立ちや災害について」を紹介します。

笑楽日塾では毎月の塾会において、塾生による様々な内容の講座を行っています。この記事は2020年1月に行われた塾生講座から抜粋したものです。当時の時代背景をご考慮のうえお読みください。

 

以下が笑楽日塾だよりに載った「蕨と県南の土地の成り立ちや災害について」です。

いつもながら塾生の講演は地理、歴史に基づき本当に木目の細かいお話をされていますので、大変勉強になります。

今回の塾生のお話しは、全国に「蕨」の文字が付いた市町村は73ケ所あり、何故「蕨」というか等から始まりました。

荒川や利根川流域には、明治43年(1870)7月と8月に記録的な大雨が降り、熊谷をはじめ約400か所で堤防が決壊。

埼玉県全面積の24%が出水し、山岳崩壊2,870か所、罹災戸数84,538戸、死者401名が出た。

また、昭和22年(1947)にはカスリーン台風(台風9号)が発生し、河川の124か所で堤防が決壊、死者101名、被災者40万人超が出た。

昭和33年(1958)9月狩野川台風による芝川の氾濫、蕨市川口市戸田市の9割8,700戸が浸水した。

昭和41年(1966)の台風4号(国際名:Kit / キット)は日本に上陸することはなかったが、激しい雨と被害をもたらすような暴風が東日本を大混乱に陥れた。

昨年(2019年)の10月12日(土)~13日(日)に東海地方から関東を横断し、6県21河川の堤防が決壊させた台風19号は記憶に新しいところ。

幸いにも荒川は堤防決壊に至ることがなかったため蕨は甚大な被害を免れることができました。しかし、1つ間違えるととんでもない被害を被っていたであろうことを思うと、防災に関してもっと情報の収集や対策の構築が必要。個人レベルでも事前に準備をしておくことが大変大事だと教えていただきました。

塾生により今回行っていただいた災害に関わる講座は、笑楽日塾に留めることなくこれからももっともっと様々な所で開いて頂きたいものです。

ありがとうございました。

以上

「笑楽日塾だより」2020年1月号に載った塾生講座、「蕨と県南の土地の成り立ちや災害について」を紹介しました。最近の蕨は大きな災害もなく比較的住みやすい街というイメージを持っていましが、地球温暖化が囁かれる今日では近くを流れる荒川の氾濫などに対する注意が必要です。

 

ここからは二十四節気と七十二候です。

1月20日から2月3日の間は「大寒」で、今は文字通り1年で1番寒い時期のど真ん中。ここを無事に乗り切れば、春の気配が感じられる「立春」が待っています。

七十二候も今日(25日)~29日の間は「水沢腹堅(さわみず こおりつめる)」に変わり、沢に氷が厚く張りつめる頃になります。この頃に1年の最低気温を記録することが多いようです。

30日~2月4日の間は「鶏始乳(にわとり はじめて とやにつく)」で、鶏が卵を産み始める頃。春になって日が伸びるにつれ、鶏も卵を多く産むようになるとか。

 

なお、笑楽日塾の活動は下記ホームページに記載されていますのでご参照ください。

 

本ブログの内容は、著者の個人的見解も多く含まれており、著者の所属する笑楽日塾の意見、方針を100%示すものではありません。

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