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就労からリタイアした、又はリタイア間近な男性に読んでいただき、リタイア後も家にこもりきりにならないで社会と繋がりを持つための参考にしていただけたら嬉しく思います。

第4回オンライン公開講座「鉄道のはじまり」第一話 産業革命と鉄道の1回目

f:id:jiajiawarabi:20201202060251j:plain2020年11月12日(木)20時よりオンライン市民講座【鉄道の始まり】が開催され、笑楽日塾塾長荒井貞夫がPowerpointのスライドで資料写真等を表示しながら、鉄道について様々な角度から大変分かりやすくお話しくださいました。

今回は講演記録から第1話を3回に分け、第2話と第3話は各1回ずつで、合わせて5回分を隔日に投稿します。大変貴重なお話しに加え写真も多数ありますので、照らし合わせながらお読みいただくとより分かりやすいと思います。是非ご一読ください。

  2020年11月12日(木)オンライン市民講座 【鉄道の始まり】

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始めに

 皆様、こんばんは 荒井貞夫です。

日本が世界に誇れる技術はたくさんありますが、その中で、生まれてから

56年間ずーっと進化し続け、世界中の誰もがあれは日本のオリジナルだ、日本人が世界に先駆けて開発したんだと認める技術、それが新幹線電車です。

いきなり時速210kmを実現して世界をアッと言わせた夢の超特急・新幹線電車その第1号車はいつ、何処で生まれたのでしょうか、どこから出発したのでしょうか、その源流を探って行きますと、埼玉県・蕨市に突き当たるのです。

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 東海道新幹線が1964年に開業して今年(2020年)で56年、その試作車からすでに58年経ちました。新幹線システムは56年間、より早く、より快適に、より安全へと年々進化しています。今や世界一安全で、乗り心地も世界最高の高速鉄道です。

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 その出発点となった鉄道が日本で建設されたのは何時頃だったのでしょうか。

幕末から明治への大激動の時代に、誰が日本の鉄道建設を成し遂げたのでしょうか

今夜は近代日本発展の魁けとなりました「日本の鉄道の始まり」からお話しいたします

 

今夜のお話は次の3つで構成されています。

 第1話 鉄道の始まり  産業革命と鉄道

第2話 ロンドンへの密航から始まった日本の鉄道建設  幕末から明治へ

第3話 新幹線電車発祥の地  世界最初の新幹線電車は蕨駅から出発した

 

1鉄道の始まり

 

1.1 始めに「産業革命と鉄道」についてお話いたします

  第一話でお話ししますのは、次の5点です。

ロシアのプチャーチンアメリカのペリーが運んできた汽車模型

   最初に汽車に乗った日本人は誰か

   ジョン万次郎と蕨とエルドラド

   咸臨丸でアメリカに渡ったサムライと鉄道

   埼玉県人で最初に汽車に乗ったのは誰か

  ① わが国で鉄道が開通したのは欧米に遅れること47年です。

イギリスでは1825年に、ストックトンダーリントン鉄道44.3kmが石炭輸送鉄道として開業しました。

そして1830年9月15日、世界最初の本格的な旅客鉄道であるリバプールマンチェスター鉄道が開業しました。

ベルギーでは、1835年にブラッセルとマリンーズの間に、

続いて、ドイツのニュールンベルグとファースの間に鉄道が開通しました。

 ② フランス最初の本格的な蒸気鉄道は、1837年に開通したパリとサンジェルマン間の鉄道であります。

アメリカ最初の鉄道は、1830年東海岸のバルチモアとエリエッツの間に開通した、バルチモアーオハイオ鉄道21kmです。

次いで、1831年サウスカロライナ鉄道が開業しました。

アメリカ大陸横断鉄道が完成したのは1869年でした。

こうしてイギリスに誕生した鉄道は、産業革命の進展ともあいまって急速に世界に広がっていきました。

 ③ では、わが国はどうであったか。誰が幕末から明治に移った短期間の内にこの鉄道建設を推進し完成させたのでしょうか。

 皆さんは福沢諭吉中浜万次郎伊藤博文勝麟太郎などのお話をお読みになられたことがあると存じます。こういう偉い人たちが活躍した時代、幕末から明治にかけて日本の鉄道建設は動き出したのです。

 

1.2 江戸時代にロシアとアメリカから持ってきた鉄道模型が走った

次に、日本の鉄道の夜明けについてお話いたします。

 ① 横浜港が安政6年(1859年)に開港して、今年は161年になります。

これがいつごろの時代かと申しますと、この翌年3月3日に桜田門外の変が起きています。その前年には日米修好通商条約が調印されています。

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 ② 横浜港が開港する6年前、嘉永6年(1853年)に、ロシアの通商使節団長プチャーチンが長崎にやって来ました。

このとき佐賀藩エジソンと言われた田中久重らが停泊中のロシアの軍艦パルラダに乗り込み、そこで彼らは大変珍しいものを見ました。

 ③ それは焼酎で動く長さ20センチばかりの蒸気機関車でした。当時の様子は【かの士官室における蒸気車の雛形は、これに熱湯を注入し、焼酎の器に点火し、その沸騰の音起こりて、煙突より煙を生ずるに及びて、前に施せる螺旋を捻れば、車輪忽ち盤上を回(メグリ)り、而(シコウ)して押さえて捻金(ネジガネ)を捻れば、忽ち止む装置なり】と鍋島公に報告されていました。

 ④ プチャーチンが長崎を発った8日後の安政元年(1854年)1月、アメリカ合衆国使節ペリーが江戸湾にやって来ました。彼は2度目の来航です。

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 ⑤ ペリーが最初に日本に来たのは、その前年、嘉永6年(1853年)6月でした。いわゆる「黒船来る」でした。

ペリーは浦賀から久里浜へ上陸し、日本へ開国要求書を突き付けていったん引き揚げました。

 ⑥ ペリーはこの2度目の来航のとき、将軍に宛てて、アメリカ大統領(フランクリン・ピアース)からの贈り物・献上品33品目を携えていました。

その中に蒸気機関車の模型があり、これを横浜の応接所の庭にレールを敷いて運転して見せました。

f:id:jiajiawarabi:20201201180628j:plain⑦ このとき幕府は余り興味を示しませんでしたが、南の佐賀藩ではそれから2年後に独力で長さ40センチの蒸気機関車の模型を完成させました。

そして佐賀藩製錬方の広場に円形にレールを設置して、その模型を運転しました。

この時18歳の大隈重信もこれを見学したと伝えられています。

この模型は佐賀県立博物館に保存されています。(佐賀県・鍋島報効会所蔵)

 ⑧ 先ほども申し上げましたが、安政6年1859年に横浜港が開港して今年で161年経ちました。

ヨーロッパやアメリカではその34年も前に既に鉄道が開通していましたがそのころ日本はまだ江戸時代末期でもちろん鉄道はありませんし、鉄道とか汽車というものを知っている日本人はおりませんでした。

日本人がはじめて鉄道というものを見て、そして乗ったのは1860年、いまから160年前のことでございます。

 

以上が第1話の初回分『鉄道の始まり(ロシアのプチャーチンアメリカのペリーが運んできた汽車模型)』です。明後日の4日(金):第1話の2回目『鉄道の始まり(最初に汽車に乗った日本人は誰か)(ジョン万次郎と蕨とエルドラド)(咸臨丸でアメリカに渡ったサムライと鉄道)』。6日(日):第1話の3回目『鉄道の始まり(埼玉県人で最初に汽車に乗ったのは誰か)』。8日(火):第2話『ロンドンへの密航から始まった日本の鉄道建設』。10日(木):第3話『新幹線電車発祥の地』。を投稿しますのでご期待ください。

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現在笑楽日塾では皆様がご自宅から参加できるオンライン公開講座(無料)『あなたの知らなかった世界への扉を開いてみませんか』を開催しています。今までとは違った世界へ興味をお持ちの方は是非ご参加ください。

今回の講座は明日12月3日(木)までわらびケーブルビジョン、テレビ11チャンネル『ウインクパラダイス』で放送中です。蕨市内の方しか見ることは出来ませんが朝10時からと午後8時からの1日2回放送中ですので、是非ご覧になってください。

市外の方で第5回以降の視聴をご希望の方は是非オンライン講座にご参加ください。

また、第5回オンライン公開講座は12月10日(木)20時より当笑楽日塾塾生が「弓道と真善美」と題して、日本人の精神文化に深い影響を与えた弓道の神髄についてお話しします。

なお、オンライン公開講座のご案内は下記『笑楽日塾』のホームページに記載されていますのでご一読ください。

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